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タイヤ交換 DRAGON SPORTS [アルファロメオ]

今回は、普段、旅の足に使っている車の話です。

最近、というより昨年の10月の車検以降に、妙にリアの滑りが気になるようになりました。

で、タイヤの溝がかなり浅くなり、スリップラインも出そうな感じなので、
タイヤ注文して、あとは土曜に車を持っていくだけでしたが、

木曜の夜に給油してる時に気づきました。。。。パンクしていることを。

とりあえずスピードを落として7km走行して駐車場にたどりつきました。
新品タイヤに交換しに店舗まで行く前に、スペアタイヤに交換をせねば。。。

実は今の車でタイヤの取り外しはしたことないが、パンクしたまま店舗までの10kmを運転したくないので、やってみますか。

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はい、完全にパンクです。。。

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あまり車が来ない路地ですが、一応三角板を設置して作業。

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まずはホイールナットをすべて緩めます。
さすがにかなりのトルクで締め付けているので、ちょっとの力ではびくともしません。
両腕でしっかり力を入れて回す。

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ポイントにあわせてジャッキを差し込む。

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ジャッキアップしてから、ホイールを取り外します。

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スペアタイヤと交換。
写真を撮り忘れたが、タイヤは内側がワイヤが飛び出るくらいに摩耗し、ほとんどバースト状態でした。
高速でバーストしてたら事故でしたね。。。。

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スペアタイヤ装着完了。
かなりスカスカですね(w

このまま新品のタイヤ交換しに、予約してた店舗へ向かう。

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新品に交換後。

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ピレリのドラゴンスポーツ
以前は、前のオーナーさんがECOPIAを履かせていたが、個人的にはアルファにはピレリかミシュランを履かせたいので、ピレリにしました。
なんかドラゴンスポーツって名前も厳つくて好き。


そのままアクアライン走って、海ほたるまでドライブ
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いままでの走行音ってなんだったんだろうってくらいいい感じ。
タイヤって重要だよね。とあらためて実感しました。

ただ、リアは両輪とも内側が擦り切れていたので、今度アライメントチェックと調整します。

ここからは車検前後の話です。
車検に出す前に、セルが回るけどエンジンがかからないことがあったので、車検の際に整備工場でチェックしてもらったら、RPMセンサの破損でした。
このときは、バッテリー交換した直後ってこともあって、リレーの接点不良かと思って、接点復活材吹きかけたけど、そもそも端子はめちゃキレイだったので、完全に違ってましたね。
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車検後に、ローからセカンドあたりでのエンジンのバタ付きが気になってましたが、
信号で停止後にギアチェンジができなくなり、レッカーで整備工場へ。。。。。

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ドナドナです。。。。

このとき、ギアがセカンドに入りっぱなしになっていたので、押しても進まないので、ちょうど通りかかった警官に道の端まで移動させてもらいました。
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ローラースケートのようなものを履かせて移動させました。

このときの原因は、クラッチディスクのシャフトを支えるベアリングが完全に破損して、クラッチディスクがグラグラして、まともにギアチェンジができない状態でした。
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右端のが破損したベアリング。

クラッチユニットは、ベアリングの破損か、ディスクの表面が摩耗して機能しなくなるか、どちらかの寿命が先になるのだが、今回はベアリングでした。
左に写っているディスクの表面を見るとこちらはまだ寿命ではなかったですね。

このレッカーされたときは、実は高速にのる為に、IC入口の交差点で信号待ちしているときに、
いつも以上にエンジンがバタついたので、嫌な予感がして、家に戻ろうと反転して側道にはいったところだったのだ。
そのまま高速に乗ってたら、遠くでレッカーのお世話になって、痛い出費になっていたかも。。。

欧州車は、基本5万km越えたら消耗品を交換して乗るという文化なので、徐々に何かでてきますが、今は至って調子いいよ。
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城跡の松平家大名墓群 本光寺 [寺/神社]

島原城に行った際に、そこで入手したパンフを見て気になった寺があったので、行ってみた。

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赤門の藥井門。
ここは、島原の乱の後にこの地を治めた深溝松平家の菩提寺である。
あまり深溝松平氏のことは知らないが、十八松平の1つで、家康の頃には4代目家忠が長篠の合戦で功を挙げたらしい。

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この山門は、6代目の忠房が島原に入封した際に、生母を弔うために建立した浄林寺の山門だったもの。

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本堂。

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本堂の脇には、首無し地蔵。
島原の乱のとき、キリスト教徒によって首をはねられたと伝わっている。

このあたりは、すでに廃城となっていた丸尾城だった地で、反乱の徒が島原城を包囲した際にこの地に立て籠もったという。

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その丸尾城の跡地は松平家の墓所となっており、23基もの大名墓群が圧巻。

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端がクルリンとした「照りむくり屋根」が印象的。
透垣の墓は、扉が開いた状態になっており、これまた珍しい。

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玉垣に囲まれた羅漢窟。
なかなかいい雰囲気。

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中には十六羅漢の石像が並んでいる。

本堂に併設されている資料館には、天井に龍が一面に描かれている「龍の間」や、庭には石の金庫やキリシタン墓石が置かれていて、なかなか見どころ満載です。

このあと高速フェリーで熊本へ向かったよ。


タグ:長崎県
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国内に唯一のゼロ戦32型が残る大刀洗平和記念館 [資料館]

日本海軍の傑作機ゼロ戦。
登場当初は敵機を圧倒したが、新型の米軍機の登場と対ゼロ戦戦術で当初のような活躍ができなくなったのは知っての通りですね。
海軍も後継機の開発とともに、ゼロ戦の性能アップの為の改良を目指したが、あまりに切り詰めた設計の為、なかなかうまくいかなったという。

1万機も作られたゼロ戦の中でも343機しか作られなかった32型が展示してある、
大刀洗平和記念館に行って見たよ。

実家の広島から姉のデミオを借りて、出発。
福岡に入ってから渋滞だらけで、朝8時に出たのに到着したのは13:30ころ。
疲れました。
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この記念館は、ゼロ戦32型以外は撮影禁止。
なので、ゼロ戦をバシバシ撮ります。

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ゼロ戦32型。
国内では32型があるのはここだけ。

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この32型は、マーシャル諸島タロア島で発見され、その後サイパンに運ばれて修復中だったもの。
32型の特徴は、翼の端を50㎜カットしたこの四角いカタチだ。

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これは速度と横転率を向上をねらったものだったが、ほとんど効果なかったという。
ゼロ戦の美しさがちょっと失われて残念。

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エンジンは高空性能アップを図るため、栄11型から21型へ換装された。
その為カウリングは再設計され、気化器空気取入口が前の21型の下側から上側になっている。
が・・・・・思いのほか性能アップに繋がらなかった。

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スペース的に正面から撮りづらく、そして配置的に逆行となり、なかなかうまく撮れないのが難です。

この大刀洗平和記念館のあった場所は、東洋一とも言われた陸軍の大刀洗飛行場があったところで、昭和20年3月の大空襲で壊滅的な損害を出したが、今でもその名残があるので、それを見てみる。

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記念館の入り口に立つ、航空技術兵学校の「第五航空教育隊正門」。
最大時は6000名の技術兵が在籍した言われ、当時の規模が想像できます。

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憲兵分遣隊舎の煉瓦塀。

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記念館の向かいにある大刀洗駅。
自衛隊の練習機として使われたT33。
レトロステーションは、昭和62年から平成20年まではこちらが記念館だったらしい。

大刀洗平和記念館は32型だけでなく、九七式も展示してあります。
増設の工事をしており、展示資料もさらに充実すると思います。


タグ:福岡県
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