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多くの武将に崇敬された 新海三社神社 [寺/神社]

長野県の佐久にある、函館以外のもう一つの五稜郭「龍岡城」を見た後、
この近くに立派な三重塔がある神社があるとのことで、立ち寄ってみた。

車で5分くらいで、大きな鳥居が出てくる。
ここが新海三社神社である。

鳥居の脇を進み、駐車場に車を停めて参拝開始。

駐車場の上に社務所と郷土の酒造の樽が奉納されていた。
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新海三社神社は、佐久地方開拓の神である「興派岐命」とその父神「建御名方命」(諏訪大明神)と伯父神「事代主命」(恵比寿天)と「誉田別命」(八幡さま)をまつる佐久の総社。
八幡神は、源頼朝の沙汰によりまつられたとのこと。

源氏、足利氏、武田氏、徳川氏と多くの武将から崇高あつく、社領寄進や神殿増築を沙汰していたという。

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狛犬

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拝殿

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神楽殿

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拝殿裏の左から西本殿、御魂代石、中本殿。

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少し離れて、武田信玄が再興した重文の東本殿がある。
素朴な流造りの本殿。
信玄は、箕輪城攻略の際に、ここに戦勝祈願文を奉納し、勝利をおさめている。

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東本殿の奥にある三重塔。
1515年に建立された塔で、廃仏毀釈で破却されるところを、神社の宝庫とすることで破却を免れた。
緑の中に建つ姿が非常に美しいです。

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垂木は、1階は禅宗様、2、3階は和様とハイブリッド仕様。

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三重塔の裏手にある、絹笠神社。

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東本殿の参道からみる本殿と三重塔。

緑に囲まれ、非常に居心地のいい神社です。


タグ:神社 長野県
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合気道の産屋 合氣神社 [寺/神社]

茨城県笠間市の岩間バイパスを車で走っていたら、「合氣神社 1㎞」という看板があったので、
ちょっと立ち寄ってみた。

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合氣神社に到着。
非常にさっぱりとした神社ですね。

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拝殿右側に合気道の開祖の植芝盛平の像が建っている。
この岩間の地は、昭和17年に開祖が移り住んで、合気道を完成させた地で、開祖も「合気道の産屋」と言っていたとのことだ。

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神社の向かいには道場がある。
昔古武術を修行していたので、岩間の合気道を何度か見る機会があったが、杖や剣を使った演武が多く、くるくる舞う合気道というより、古流柔術をみているような感じでしたね。

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祭神は、須佐之男大神(氷川)、武甕槌大神(鹿島)、経津主大神(香取)といった武神と開祖の守護神の43柱の神様が祀られている。
武神はわかるが、守護神の猿田彦大神・国津竜王・九頭竜大権現・手力男命・天叢雲九鬼沙牟波羅竜王・家津美御子大神・稚産霊命・・・とはどういう接点があるのですかね。
調べてみると面白いかもしれません。

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手水舎

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訪問したときは、人っ子一人いない閑静なところでしたが、例大祭のときには世界から合気道関係者が訪れ、すごく賑わらしいです。

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タグ:茨城県
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岩にめり込んだ観音堂 三石山観音寺 [寺/神社]

以前、朝の情報番組のZipで、房総の観光特集をしていた際に、気になったお寺があったので、
何の予定もなかったその日、そのお寺に行くことにしました。

アクアラインから館山道に入り、君津ICで降りて、房総スカイランを走り、スカイラインが終わるとT字路を左折してすぐに右折して、しばらく細い山道を進むと、三石山観音寺に到着します。

車10台くらい停めれる駐車場が7,8か所あり、結構停めれます。

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シャッターの閉まった門前の店舗を横目に進むと、山門が現れる。
山門は藥医門。

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おそうじ小僧の像

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鐘楼堂

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四脚門の中門

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雰囲気のいい参道を進みます。

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本堂と手前には、シドニー2000と刻まれた記念碑?が建っている。

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こちらの観音様は、1つだけ願い事をかなえてくれるとのことで、
参拝した高橋尚子が金メダルと取ったとのことで、建てられたと聞いている。
詳細な経緯はしりませんが。。。

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絵馬には愛の文字が。
このお寺は、縁結びで有名らしい。

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三石山という山号の由来となっているのが、この岩山。
岩に堂がめり込んでいるというか、岩が堂を押しつぶしてというか、不思議な堂です。

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彫刻バリバリの観音堂。
このケバケバしさが何とも言えないですね。

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観音堂の横の階段から、奥の院に進みます。

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進んでいくと、奥の院があります。
ここにハンカチを結ぶと、良縁が来るとのこと。
テレビでみたときは、ハンカチでいっぱいだったが、少し前に本堂に移されたようで、
訪問時は見てのとおり、かなりのスカスカだった・・・

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祠の中には、役の行者像が安置されていた。
おそらく縁結びの由来は、役(えん)と縁を掛けているのでは?

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岩には所々彫られて、石仏が安置されていた。

参道の店舗はさびれていたが、7,8組の家族と20名くらいのツーリングの人で、境内は結構賑わっていた。

場所 千葉県君津市草川原1407
駐車場 いっぱい


タグ:千葉県
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半庇懸作の観音堂 崖観音 [寺/神社]

南房総をドライブをする際、以前に道の駅で購入した「安房国札観音霊場巡り」を見ながら、
近くに行った際はいくつかをチョイスして立ち寄っていた。

今回はその1つ、第3霊場の崖観音に行って見た。

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館山湾沿いの崖に建っている大福寺
昔から漁業が盛んなこの地では、海上安全と豊漁を願い、親しまれている。

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入母屋造りのシンプルな本堂。

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唐破風の玄関と庫裏。

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裏の崖には、半庇懸作の堂。
元禄地震の後にこの形式で建てられたが、関東大震災で倒壊。
現在のものはその後の復興で建てられたもの。
では、昇ってみる。

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中腹にある諏訪神社。

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正面が斗共と龍の彫刻の蟇股でいっぱい。

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末社の稲荷さんの祠群。

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あまり用をなしていないモルタルの用水。

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壁をくりぬいた不動堂。

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不動堂の先に観音堂。
観音様は、平安期の作と言われている磨崖仏。

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観音堂からみた館山湾。
いや~気持ちいいです。

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戦時中に作られた防空壕やトーチカがいくつか見られる。
中に入っていないので、どちらかはわかりません。

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現在、観音堂は修築中なので、観音堂を参拝できないかもしれないです。
タグ:千葉県
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九度山真田家屋敷跡に建つ 真田庵 [寺/神社]

大河ドラマ「真田丸」、個人的に好きな題材ってもありますが、テンポもよくて楽しいです。

武田家や真田家関連の史跡巡りをしまくっていた時期があり、ネタが結構あるので、
ちょこちょこと真田関連の記事をアップしていきます。

関ケ原の合戦の際、徳川秀忠率いる徳川本隊を、真田昌幸と信繁(幸村)親子が上田にて足止めし、関ケ原に遅延させたことは有名。
戦後、昌幸と信繁は死罪となるところを、昌幸の嫡男信之の懇願により、高野山へ蟄居となる。
しばらくして、高野山の麓、九度山に定住することになった。昌幸はいずれ許されて、復帰されるだろうと思っていたらしいが、その機会はなくここで亡くなり、信繁は大阪より誘いがあり、大阪城へ向かうことになる。

その九度山での屋敷跡に建っているのが、真田庵。正式には善名称院
その真田庵を紹介するよ。

町営の無料駐車場に車を停めて、案内通りに歩いて行く。

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しばらくすると、長屋門が見えてくる。
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正面の下見板が少し赤い。
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この角度からだとわかりやすい。
長屋門から入る。
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門には小さな鐘がぶら下がっている。
ここにNHKドラマの真田太平記のポスターが貼ってあったが、幸村を演じていたのが、今回の大河ドラマ「真田丸」では昌幸を演じている草刈正雄ってのが面白い。

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真田地主大権現。
真田昌幸を大権現として祀った社。
左側に見える石塔が、昌幸の墓と信繁の供養塔。

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真田地主大権現の説明板とおそらく大権現の石像。
3面6臂の神様のようです。

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雷封じの井戸。
信繁が落ちた雷を封じ込めたとされる井戸・・・って、どういう例えなのかよくわからない。

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すごく厳つい本堂。
八棟造りと言うらしいが初耳です。
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先の画像から左側に回って見た本堂。
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引いてみたところ。

そのまま進むと門があります。
一旦、出てみる。
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一見裏門っぽいですが、実はこちらが山門(表門)
この山門は藥医門。

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こちらは真田大権現の社の横にある脇門。

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長屋門から入って右側にある開山堂。

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開山堂の左横にあるのが土砂堂。
弥勒菩薩が祀られている。

今は大河の影響で幟や看板がもっと充実していると思う。


タグ: 和歌山県
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多摩川七福神巡り [寺/神社]

10日はまだ松の内なので、個人的な解釈でまだ初詣です。

で、まだ設立して2年しか経っていない、多摩川七福神巡りに行ってきました。
この巡礼場は、新田義貞の息子である新田義興が謀殺された伝承の地で、
それに所縁のある神社が中心になっています。
ゆっくり歩いても1時間半くらいで回れ、トイレやコンビニの場所が記載された地図が配られ、非常に手軽な巡礼なのだが、色紙が購入できるのは新田神社のみで、スタンプもほぼここでしか押せないので、スタンプラリー的な楽しみが薄いのが難ですかね。

武蔵新田駅からまず向かうのは、新田神社。駅から3分くらいです。
ここは出店の屋台も出ており、非常に活気があります。

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ここでしか色紙が手に入らないので、まずここに行ってから回ろう。
新田神社は、新田義興を祀る為に建てられた社である。
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この新田神社は破魔矢の発祥の地とされている。
ちなみに破魔矢を現在のような魔除けのアイテムとしてプロデュースしたのは平賀源内です。
新田神社は恵比寿さんです。

ここから多摩川大橋のほうに歩きます。
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途中にあった地蔵さまと庚申塔の堂

そのすぐ近くにあるのが、十寄神社。
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矢口の渡しで、新田義興と共に謀殺された従者十数名が祀られた神社。
こちらは毘沙門天が祀られいる。
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摂社は十騎神社となっている。

しばらく多摩川方面に歩いていると見覚えのある会社が。。。。
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ドラマ「下町ロケット」で佃製作所として撮影された桂川製螺製作所だ。
ドラマでの事務所や食堂のシーンもこちらで撮影されたとのこと。
新田神社に貼ってあったポスターで知ったのだが、見てなかったら完全にスルーしていた。

矢口の渡しの跡地に鎮座するのが、東八幡神社。
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こちらは弁財天を祀っている。
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以降は、駅方面に戻るように歩く。
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延命寺。
新田義興の霊の雷火で寺が焼失したが、一体の地蔵だけが難を逃れて、それが延命地蔵として名付けられ、寺の名前にもなったとのこと。

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多摩川七福神の寿老人は、この延命地蔵堂に祀られている。

次は、氷川神社。
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多摩川七福神の大黒天が祀られている。
公園が併設されており、子供が元気に遊んでいて、ほのぼのした雰囲気でした。
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ここから一旦新田神社に戻って、多摩川線の踏切を渡って、頓兵衛地蔵に向かう。
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新田義興謀殺に加担した船頭の頓兵衛がその罪を悔いて作った地蔵とされる。
頓兵衛は平賀源内作の浄瑠璃「神霊矢口渡」にでてくる人物。
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七福神は布袋さんは、この地蔵堂に間借りさせてもらっている。
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頓兵衛地蔵。

武蔵新田駅に沿って鎮座しているのが、矢口中稲荷神社。
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こちらは多摩川七福神の福禄寿。後ろは武蔵新田駅のホーム。

色紙以外にカードにもスタンプできるのだが、カードは萌えすぎ(w
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2016年初詣 八王子七福神編 [寺/神社]

2日に買った上野大仏飴は、会社で配ったら笑いが取れまくりで大好評でした。

で、3日は八王子七福神巡りをしてきました。
正月に七福神巡りをするのは、数年ぶりです。

ちなみに八王子七福神巡りは、八王子の八は末広がりで縁起がいいとのことで、吉祥天が追加されて、八福神巡となっています。
では、七福神巡りへGO!

最初に訪問したのは、了法寺。

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今では萌え寺として有名な寺である。
この案内看板を設置してから、萌え寺として有名となったとのこと。

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痛たこ焼きとグッズを販売していた。
痛たこ焼きはまだ準備中でしたが。

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八王子七福神の新護弁財天。
今回は残念ながら見れなかったが、この弁財天の前立の仏像が「とろ弁天」である。
このとろ弁天が萌え寺の真骨頂なのだが。。。
そのとろ弁天の奉納式に行ったときの記事はこちら⇒了法寺

次の寺に向かう

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善龍寺。

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本堂に天然理心流の奉納額。
天然理心流は、新選組の近藤勇、土方歳三、沖田総司が使った流派で、多摩を中心に活動していた。

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八王子七福神の走大黒天。

次に向かったのは、信松院。
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この青い瓦と白い壁がキレイな本堂だ。
こちらは2回目の訪問となる。

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武田信玄の娘である松姫が開基した寺。
織田信長の嫡子信忠と婚約していたが、織田家と敵対するようになり解消。
武田家滅亡後、この八王子に落ち延びて、尼となりこのお寺を開基した。

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八王子七福神の布袋さん
お腹をなでなでしました。

次は本立寺
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境内が広く、非常に落ち着く寺です。

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八王子七福神の毘沙門天。

次は金剛院
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こちらも境内が広い、大きな寺院。

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八王子七福神の福禄寿。
上に吉祥天、左側に弁天とモテモテな福禄寿だ。

次は伝法院
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成田山新勝寺の分院。
こちらは境内が狭いので人口密度が高く、非常に賑やか。
駐車場が無いので、近くのコインパーキングに停めた。
向かいの病院の駐車場や一通に車を停める輩が多かったが、それでは福来ないどころか、福逃げるぞ。

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八王子七福神の恵比寿さま。

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明治に作られた石塀。
当時のスポンサーの商店や資産家の名が刻まれている。
結構風化しているので、保存をしっかりしてほしいです。

比較的中心にあたる了法寺から回ったので、伝法院から次の宋格院はちょっと距離があります。
が、車で回っているので、楽ちんである。
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せき地蔵でも有名で、寺務所ではのど飴売ってました。

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八王子七福神の寿老人。
後ろにせき地蔵。左側には吉祥天。

最後は吉祥院
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奥が吉祥天。順に子供の善膩師童子、吉祥天の旦那である毘沙門天、そして観音様。

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弘法大師像。仁王を従えたあまり見ないスタイル。
この吉祥院は丘の中腹にあり、眺めがいいです。

七福神巡りをしている人が多く、非常に賑わっている巡礼場でした。
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交通安全ステッカー買ったが、車に貼るべきか。。。。
イタ車が痛車というネタが使えそうだが・・・


タグ:東京都
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2016年初詣 上野うっくり編 [寺/神社]

年末に実家の広島に帰ったが、戻ってくる新幹線チケットは3日は満席で取れず。
いつもなら始発あたりのグリーンなら残っているのだが、2日ですら始発あたりしか空いてなかった。

広島駅発6:19の新幹線で東京に帰ってきました。
東京駅に着いたのは10時過ぎ。

そのまま上野公園に行って、まったり・ゆったりと初詣してきました。

上野公園は、元は徳川将軍家の菩提寺である寛永寺の境内の一部であり、
いかに広大な寺であったことが実感できる。
上野戦争では、大政奉還に反対する旧幕臣が寛永寺に立て籠もり、その結果反幕府軍(新政府軍)に包囲され、その際多くの堂宇が焼失してしまった。
公園内には寛永寺の名残があるので、初詣で回ったよ。

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清水観音堂。
京都の清水寺を模して造られた堂で、最近斜面の木が伐採されて整備され、本来の姿になったように思う。
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次に向かったのが上野大仏。
上野大仏?と思うかもしれないが、今でも祀られています。
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バゴダの丘を登ると。。。。

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上野大仏。
この様な祀られ方になった経緯を簡単に説明すると、

安政大地震で首が折れて落下。
明治になって大仏殿を撤去。
関東大震災で首が折れて落下。
戦時中の金属供給令で胴体は砲弾へ。
頭部だけ寛永寺が保管されており、大仏が祀られていたこの丘に、このような形で再度祀られいるのである。

今では「もうこれ以上落ちることがない」ことから、合格大仏として親しまれている。
が、とってもシュールな姿ですよね。
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現状受験には縁が無いが、大仏飴と大仏鈴を買った。

次に向かったのが上野東照宮。
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藤堂高虎によって造営され、徳川家光によって改修された東照宮である。

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金ピカである。
2年前くらいに改修が完了し、このような姿になったが、個人的には戦火・天災を潜り抜けた以前の姿のほうが好きですね。

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拝観料を払って、唐門の中に入る。
以前は拝殿内部にも入れたのだが、今は外観を見るのみ。ちょっと残念。

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この後は、アメ横のど真ん中にあり、毎年初詣で参拝している、摩利支天で有名な徳大寺に行った。
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山手線の電車の中からも、御徒町駅から上野駅に向かう途中で見える寺である。
中2階の位置にある、こじんまりとしたお寺だが、アメ横に行くときにはちょくちょく参拝している。
喧噪としたアメ横の中にあって、まったりできるからでしょうかね。

この後はスタバでダークモカチップフラペチーノを買って、まったりと時間をつぶし、
予約をしていたラフィネでマッサージをしてもらった。

それぞれについて過去の記事も合わせて読んで頂くと幸いです。
上野大仏
寛永寺・清水観音堂
上野東照宮


タグ:東京都
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2016年初詣 広島バテバテ編 [寺/神社]

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

今年は、1日までは実家の広島ですごし、2日に東京に戻ってきました。

通年の元旦は、まったりと家で過ごして外出しないのだが、2日の朝一には広島を経つので、珍しく1日に初詣に出かけました。

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正月を広島で過ごす場合、必ず行くのが広島東照宮。
この高石垣で城郭の様な佇まいが、非常に好きなんです。
ただ・・・・あまりに並んでいたので、今年は見るだけとして、広島東照宮の裏山である二葉山に鎮座する金光稲荷神社に参拝することにした。

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おみくじで大吉がでると大吉絵馬がもらえるとのことでおみくじを引いてみたら、
見事大吉だったので、絵馬がもらえたよ。
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奥の院が山頂近くにあり、この山頂に前々から見てみたかった物件があるので登頂した。

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たかが標高130mくらいの山だとなめてたが、奥の院につく頃にはバテバテ。
日ごろの運動不足を痛感し、今年は少しは運動をしようとちょっぴり思った次第。
少しだけ言い訳するならば。。。。。階段の幅や高さがバラバラで、非常に歩きづらいんです。。。

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奥の院。
広島の市街、広島湾を展望でき、その眺めでそれまでの疲れが吹っ飛びます。

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奥の院から少し上ると、石垣が出てくる。
山城の櫓台か天守台のような感じだが、これは戦時中の高射機銃陣地跡である。

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ここには写真のような4つの銃座跡と指揮所(観測所)跡が残っており、これが見たかった物件。

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ここから東に向かうと、シルバーでまばゆい仏舎利塔が建っています。
仏舎利塔が建つ山頂の平坦地は戦時中は高射砲陣地で、こちらは遺構はほとんど残っていない。
この仏舎利塔には、インド、ネパール、スリランカから贈られた仏舎利一粒が奉納されている。

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仏舎利塔に祀られている仏像は、スリランカより贈られたもの。
とてもSFチックな感じ。

この仏舎利塔までは車で来ることができ、ここから舗装された一般道で下ってもよかったが、せっかく山道を歩いてきたので、西へ続くハイキングコースを進むことにした。
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20分くらい山道を進むと、明星院の裏に出てくる。
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明星院は、毛利輝元の母の菩提寺で、福島正則が整備した寺。
ここの見どころは、赤穂浪士の木像群。
福島正則の後に広島を治めた浅野家は、赤穂浅野家の本家にあたり、このように義士を祀ったのだが、
討ち入り直後は、本家にも咎が及ぶのを警戒し、とにかく関係無いことを貫いていたという。
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二葉七福神巡りのため、参拝する人は多いのだが、本堂に上がる人は少ない。
ぜひ本堂に上がって、義士木像をじっくり見ることをお勧めします。
以前の明星院の記事

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明星院の西側に鎮座する饒津神社。
安芸広島藩が、始祖となる浅野長政を祀る為に建立した神社。
原爆で壊滅したが、今では立派な鳥居、唐門が建つまでに復興した。

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2005年に復元された両部鳥居も、数年前まではまだ新しく白かったが、赤味を帯びてきて年期が入ってきた。
いい感じ。
で、ここも参拝する人の長蛇の列をみて、立ち寄っただけにして、帰宅の途に就いた。

結局、参拝したのは金光稲荷、二葉山平和塔(仏舎利塔)、明星院の3寺社。

なんだろ、二葉山を登って、山道を歩いて疲れたが、非常に気持ちのいい元旦でした。


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出石城の丹波口を守る寺 経王寺 [寺/神社]

経王寺(兵庫県豊岡市)

出石城は、後に作られた水堀で囲まれた三の丸と、旧城である山頂の有子山城跡の三段構えの城であるが、
さらに城下の寺が防衛機能として配されている。
寺は、戦さの際には、陣所になることが多いが、出石城下には防衛機能をもっているのが特徴。

その1つが、経王寺。

谷山川に掛かる橋から見た山門。
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手前にある櫓のような堂が目に付く。

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鐘楼堂。
二重櫓といっても差し支えない。

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出石城の東側に位置し、京街道の丹波口を守る砦として機能する。
最近修築したのか、漆喰の白がきれいで、下板見張の黒とのコントラストがいい。

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立派な高麗門の山門。
高さのある門で、騎馬武者がそのまま通れることからも、戦闘を意識していることがわかる。

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高麗門は、城の桝形門の一ノ門でよく使われる門だが、扉を開けた時に雨に濡れないように、
控柱の上に小屋根を本屋根と垂直方向に置いた形式の門のこと。

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本堂。
経王寺は、藩主仙石家の菩提寺になっており、4代藩主仙石久行の墓所になっている。

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装飾の少ないシンプルな堂。
賽銭箱には、日蓮宗の寺紋「井桁に橘」

境内にはやたらと焼き物が置いてあるなぁと思ったが、どうやら寺内に工房があるようです。

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