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鳥取城址に建つ白亜の洋館 仁風閣 [近代建築]

鳥取城の城址内に仁風閣という洋館が建っている。

明治40年に、鳥取池田家当主により別邸として建てられた洋館で、
大正天皇が皇太子時代に行幸し、宿泊したことで有名だ。

最近では「るろうに剣心」の実写映画で、武田観柳の邸宅として登場していたので、
見覚えがあるかもしれない。

明治期の洋館好きの自分にとっては、非常に大好物な物件である。

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鳥取城址を探索をする際は、ぜひこちらの仁風閣も見学して欲しいですね。
否応なしに目に入るので、スルーすることはあまりないと思いますが。

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一部階段の多角形の塔を除けは、はぼ左右対称のルネサンス様式の木造の洋館。

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木造建築でのルネサンス様式というのは、なかなか定義しづらいのだが、
しいて言うならば、円形の棟飾りや換気窓がそれらしさを出しているくらいでしょうか。

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建物の右側にある、螺旋階段の八角形の塔。
この塔がこの洋館のアクセントになっている。
この塔はゴシック様式風なので、ルネサンスとゴシックのハイブリッド建築ですかね。

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バルコニーと庭。
芝の緑と白亜の建物が、非常に清潔感を与える。
晴れていれば、そこにブルーも加わるのだがあいにくの曇りで、ちと残念。

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庭から見た主郭方向。

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内部。
応接室と食堂。

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ブロック風の模型

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城址から見た仁風閣。
屋根から生えている数本のレンガ製の煙突が印象的。

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堀越から見た仁風閣と城址の石垣
櫓でも残っていたら、ビュースポットになっていただろう。

鳥取城址の石垣群は圧巻なのだが、その中でも印象的なのは、この巻き石垣。
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石垣の崩落防止のためらしいのだが、なんとも不思議な石垣だな。
タグ:鳥取県
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甲府駅前に佇む擬洋風建築 藤村記念館 [近代建築]

甲府駅前の広場に擬洋風の建物が建っている。

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藤村記念館と呼ばれている、明治8年に建てられた睦沢学校校舎である。

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当時の山梨県令であった藤村紫朗が擬洋風建築を奨励したことから、
その時建てられた建築を藤村式建築とも呼ばれるらしい。

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屋根は宝造りの桟瓦葺。
中心には太鼓楼の塔屋付き。

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中には、信玄時代の躑躅ヶ崎館のジオラマが展示してあった。
この藤村記念館は、数年前まで武田神社の西曲輪に移築されてました。

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武田神社時代は、柱や窓の色がかなりパステル調でした。
個人的にはこちらのほうが好きですが、駅前に佇むには今のほうがいいかもですね。

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建物としては、木々に囲まれてちょっと薄暗かった武田神社西曲輪より、
開放されて明るい駅前の今のほうがいいと思う。

いろんなイベントに活用できるしね。


タグ:山梨県
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宮殿造りの駅舎 旧大社駅 [近代建築]

テレ東の「美の巨人」で旧大社駅を取り上げており、そういえば2年くらい前に行ったなあ~と思い出しながら見てました。

2013年の出雲大社式年遷宮のとき、参拝の帰りに旧大社駅に寄って来たので、その記事をアップします。

出雲大社から車で3分程度、歩いて15分程度のところに旧大社駅が保存されている。
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平成2年にJR大社線が廃線となったのちも、管轄を町に移して保存されている。
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大社駅は明治43年に開業し、この宮殿風造りの駅舎は大正13年に改築されたもの。
向かって左側の部屋は貴賓室で、左側が1.2等待合室
中央の広い空間が3等待合室である。

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懸魚、蟇股、亀瓦と寺社建築そのものですね。

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中に入ってみる。
広いこの空間が3等待合室。
この駅舎は木造建築であるが、この広い空間に柱が1つもない。
屋根裏は西洋建築技法であるトラス構造が取られており、このおかげで柱を立てることなく、この空間が得られている。

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中央には出札室。
各受付窓は、厨子造りの屋根が付いている。

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天井にはシャンデリアがぶら下がっており、その天井部には鏝絵(こてえ)が彫られている。

ホームに出てみる。
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清算所も厨子造りの屋根付き。
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デコイチが静態保存されていた。
元は出雲大社神苑に展示されていたものをこちらに移設したとのこと。

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ホームの鉄板にウサギの模様が。
因幡の白兎か?

出雲大社に参拝した際は、合わせて訪問したい物件です。
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タグ:島根県
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トルコ軍艦遭難慰霊碑(和歌山県串本町) [近代建築]

昨年末、最後に映画館で観た映画は「海難1890」

自分は、このエルトゥールル号の記事を読むと涙が止まらなくなるんです。
数年前に雑誌歴史街道でこの記事を取り上げていて、それを会社帰りの電車で読んでいて大変でしたw
なんだろ、人の優しさっていいなと。

で、映画ですが、ポイントは抑えていましたが、結構エピソードをカットされていて、ちょっと残念でしたが、
かといってカットできるシーンもなく、あれ以上映画が長くなっても微妙でしょうしね。

以前、海難の現場となった和歌山県の串本町に行ったので、記事アップします。

串本町の最南端の紀伊大島の端にトルコ記念館があり、そちらに向かう。
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日本とトルコの友好を目的として建てられた、トルコ記念館。
エルトゥールル号の写真模型が展示してあったが、あまり展示品は多くなかった。
その後、リニューアルしたようなので、変わっているかもしれない。

さらに岬の方へ向かうと、トルコ軍艦遭難慰霊碑が建っている。
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明治24年に和歌山県知事や有志の義金により、慰霊碑が建てられたが、
昭和天皇がこの地を行幸されたことを聞いたトルコ大統領により、昭和12年に現在の慰霊碑に改修された。
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花受が大砲型になっている。

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慰霊碑の脇に建つ、「ムスタファ・ケマル・アタテュルク騎馬像」
第一次世界大戦後に、トルコを開放に立ち上がり勝利した、トルコの英雄とのこと。
海難120年のときに、更なる両国友好の為に、トルコから串本町に寄贈された。

さらに岬に進むと、樫野崎灯台がる。
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幕府が結んだ条約により設置された灯台で、エルトゥールル号遭難事件での救助の拠点となった場所である。

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樫野崎灯台の旧官舎。
明治3年に建てられた、石造りの西洋建築。
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海側の壁は、船から見て目立つように白く塗られている。

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樫野崎灯台。
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灯台からみた旧官舎

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エルトゥールル号が遭難した辺り。
この日は、ここに到着するまでは雨が降っていたので、ちょっと時化ている。
この潮の流れを見ると、台風のときはすさまじそうだと想像できる。

この日は串本駅近くのホテルに泊まった。
次の日は晴天。
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串本駅

この後は、海岸線沿いに気持ち良く車を走らせて、白浜経由で和歌山市内を観光してたのだが、
東照宮を参拝していたときに、会社から電話かかってきて、ちょっとげんなりしたのだった。。。


タグ:和歌山県
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東京ミチテラス2015 [近代建築]

アメ横に買い物に行ったついでに、東京丸の内駅舎をライトアップしている、
「東京ミチテラス2015」に立ち寄ってみた。

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東京駅の丸の内駅舎を12月24~27日まで、日本の伝統色をテーマにライトアップされたもの。

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伝統色で点灯されているのは、正面の3間部のみ。
左右のドーム部はいつも通りのライトアップです。

創建当時の外観に復元されたのが2012年10月。
復元してすぐに見に行ったのが、以降の写真
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堂々した姿で、美しいです。

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復元されたドーム内部。

駅前は2017年までは整備中で、ガードレールやら工事壁が邪魔。
整備が完了すれば、駅前も含めたイルミネーションが展開されると思う。
(すべてiPhone撮影


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旧土岐邸洋館(群馬県沼田市) [近代建築]

沼田公園内には、1742年から廃藩まで沼田藩を治めた土岐氏が、
大正時代に東京に建てた洋館が移築されている。

沼田藩としては一番長く治めている土岐氏だが、沼田と言えば真田氏のイメージが強いし、
街でも真田家所縁の地ということをすごくアピールしている。
これは故郷の広島でも近いことが言えて、広島市は毛利輝元が開いた町ではあるが、
町割りを整備したのは福島正則だし、江戸のほとんどを統治したのは浅野家だが、
毛利の町という意識が強い。

やはり、その場所をはじめに拠点とした人が、リスペクトされるのでしょうね。

さて、移築されている洋館であるが、関東大震災後に渋谷に建てられた洋館で、
土岐氏(子爵)の住宅の一部として建てられたもの。
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造りは、ドイツ郊外別荘風住宅。
一階部はドイツ風で、二階部は下見板張りのアメリカ風の建築。
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窓や玄関がドイツ壁仕上げとなっている。
屋根には牛の目窓と呼ばれる、屋根窓が付いているのも、ドイツ風である。
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全体的にシンプルだが、ちょっとしたアクセントがいい雰囲気を作り出している。
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玄関と玄関のステンドグラス。
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内部は、和室と洋室ハイブリッド
このようなセンスある家が、今でも作られてもいいと思うのだが、センスある住宅ってあまり見ないですね。
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ちなみに土岐氏だが、本家筋は美濃や尾張の守護職であった土岐氏で、
この系統は斉藤道三に美濃を追われた後、常陸、上総と転々とし、旗本として残った。
沼田土岐氏は、美濃土岐氏の初期の傍系で、明智氏の流れ。
明智定明が家の内紛で殺害された後、嫡子が母方の菅沼家の養子となり菅沼家を継いだ。
(明智光秀は、定明の叔父の孫)
以後、徳川家の家臣として活躍し、関東入封後に、下総守谷1万石が与えられた。
名家好きな秀吉の勧めにより、土岐姓に復した。
その後は、何カ国か国替えを繰り返し、1742年に3万5千石で沼田に入った。
歴史って、色々と絡み合っていて面白いですね~
タグ:近代建築
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佐竹商店街周辺の看板建築 [近代建築]

2年くらい前に、大江戸エリアを「もち歩き江戸東京散歩」を参考に、片っ端から歩くのがマイブームだった。
その時はあまり気にならず、スルーしていた物件がある。
関東大震災後に防火性向上の為に、通りに面した側に銅板を貼ったり、モルタルにしたりした建築で、
看板建築と呼ばれている一般住宅建築である。
特に銅板が貼られたバージョンは、なかなか味のある物件で、今では下町の裏道を歩く際は、
残ってないかな~と注意している。
が、なにせ住宅建築としてはかなり古い為、次々と姿を消している。
消滅してしまう前に、見つけ次第写真に撮っておこうと思う。

ちょっと前に新御徒町駅の近くに行く用があり、佐竹商店街を歩いているときに一件偶然見つけ、
一件あるといことは、他にもあるだろうと思い、キョロキョロしながら歩いていたら、何件か見つけた。

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この銅の青錆びがなんとも言えない味わいである。
この物件では、銅板がブロックっぽい模様になっているが、この模様のパターンバリエーションの多さも、
看板建築の見所でもあり、職人さんの腕の見せ所でもある。
左奥側は一部モルタルになっており、銅板とモルタルのハイブリッドとなっている。

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佐竹商店街と平行で走っている清洲橋通りにある物件。
かなりやつれているが、かなり凝っている意匠だ。

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先の物件と駐車場を挟んで建っていた物件。

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清洲橋通りからちょっと裏道に入ったところで見つけた物件。
部分的にしか銅板を貼っていないが、2階の軒下の意匠が良い。

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看板建築は、見つけ次第記録を残しておこうと思っている。
ぶらりと歩いた佐竹商店街だが、お世辞にも活気があるとは言えないまでも、
レトロ感溢れる魅力のある商店街だ。
こういった商店街が少なくなったのは寂しいなぁ
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平成大野屋(福井県大野市) [近代建築]

大野市で見る物件は回ったので、次の地の一乗谷へ向う。
と・・・その前に、まだ昼食を取っていなかったので、
平成大野屋の中にある郷土料理屋「奥越前はいから屋」に立ち寄った。

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平成大野屋の建物。
昭和12年に建てられた、洋風木造建築
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元は大野織物工業組合織物検査場として建てられ、今では大野の観光施設として利用されている。
クリーミーブルーの外観が非常にポップ。
ここの1階にある「奥越前はいから屋」で、ふるさと御膳を食べた。
結構ボリュームがあって、おいしかったよ。
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店の裏側。背面はブルー塗装はされていない。
ここはレストスペースとなっており、そこには蔵が2棟ある。
蔵の色と合わせるために、裏は黒のままなのだろう。

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二階蔵と平蔵が並んで建っている。
二階蔵の軒下の壁は、ブルー塗装してあり、洋館の色に合わせている。
この蔵は、明治期の銀行担保蔵であったとのこと。
この地方の蔵の特徴は、軒下にある方杖と呼ばれるつっかえ棒があることだ。
今は、1階がクラフト体験場、2階が昔の朝市のジオラマが展示してある。

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平蔵。

このように昔の建築物をうまく利用しているいい例だと思う。
どうも明治以降の建築は評価されづらく、すぐ破却されてしまうのだが、移築や改装しての再利用には賛成である。
そんな物件を、福井ではよく見かけた。

平成大野屋


タグ:近代建築
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陸軍高田十三師団長官舎(新潟県上越市) [近代建築]

明治政府は1888年までに全国6箇所あった鎮台を廃止し、師団として編成した。
その後、師団は数を増やし、1905年の日露戦争にて、各師団が戦地に派遣されて為、本土駐留師団として、
高田十三師団、宇都宮十四師団、豊橋十五師団、京都十六師団が新設された。
今回は、その高田十三師団の師団長官舎を訪れた。
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元は別の場所にあったが、老朽化した為、初代と2代目の師団長が居を構えた旧市長公舎跡地に移築・復元された。
レンガの門柱は市長公舎のものだろうか。
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ヒゲ男爵...ではなく、3代目師団長長岡外史中将。
このヒゲは、はっきり言って、武器である。
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この擬洋風建築の師団長舎は、先のヒゲ男爵長岡中将が建てたもの。
内部は、1階が洋間、2階が和室となっている。
1階
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応接室
書斎・居間・食堂と連なる
食堂の壁には、食事は運ばれてくる窓が付いている。
ドア

2階
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階段までは洋風。
蛇口は、茶道用か?

外観をいろいろな方向から見てみる
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玄関先の車留め。
横側。
裏手。2階のテラスは明るくて気持ちいいよ。
屋根裏は、擬洋風建築では定番の菱形格子になっている。
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庭から長舎を見る。
建物の白、青い空、木々の緑のコントラストが絶妙。
清清しくて気持ちいいよ。

十三師団のことをちょっと説明しておく。
十三師団は、臨時に設立された駐留師団であるが、日露戦争では樺太に出兵し、
1ヵ月後に樺太に展開していたロシア軍が降伏した為、樺太全島を占領した。
その後、臨時師団から常設師団へ昇格したとのこと。
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旧呉海軍工廠赤レンガ倉庫群(広島県呉市) [近代建築]

大和のドックが見える「歴史の見える丘」から音戸方面に海岸沿いに進むと、道沿いに4棟の赤レンガ倉庫が現れる。
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元海軍工廠の倉庫で、現在は民間企業が使用している。
この3連レンガ倉庫、元は両側の2棟であったのだが、空襲で破損していたこの2棟を修復する際に、ガレキと化したレンガを使用して正面に壁を作って3連の棟にした。
向って左側は造兵廠弾丸庫として作られ、終戦前は工廠電気部外業工場となっていた。 右は、造兵廠魚形水雷庫として作られ、後に工廠電気部製図工場として使われていた。
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それぞれ改築のせいで、所々異なる箇所があるが、基本は同じ。
窓をレンガで埋めてるのは、戦時中の改築なら爆風避けだろう。
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半分が鉄扉になっている窓が幾つかある。戦時中に付けられたものだろうか?
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3棟と少し間をおいて、もう1棟。
正面は、他と同じ。
造兵廠予備艦隊兵器庫として作られ、後に電気部事務所として使われていた。
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この1棟の奥行きは他の3棟の1/2弱。
ちょっと可愛らしい。
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3棟の横にあるセブンイレブンの左横の道を進むと、さらに1棟。
バリバリの現役で、いい味を出している。建物は使ってナンボだ。
戦前は、電気部発電所であった建物である。
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1Fは倉庫で、2Fが事務所のようだ。
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この倉庫の裏手の雑木林の中に、屋根の無い小さなレンガ建築を発見。完全に廃墟だ。会社の敷地だし、あまりの藪っぷりに近寄れない。
残念。
調べて見ると、工廠電気部の電気機械試験室であったらしい。
やっぱり海軍の街には、赤レンガ倉庫だ。

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