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多家神社(広島県安芸郡) [寺/神社]

広島駅より車で10分くらい東に進むと、府中町に入る。この府中町に多家神社がある。
この地は、神武天皇が東征の際、立ち寄った場所とされ、古事記によれば7年居たと書かれている。このときの皇居が後にこの神社となったという。
よって主祭神は神武天皇と、安芸国の開祖神安芸津彦命である。江戸時代には氏子が2つに別れ、対立していたが、明治6年に対立してた2社を合わせて多家神社を復興した。翌7年には県社となった。
境内は小山(丘)の上にある。
駐車場から階段を上がったところ。
二の鳥居は、石造の神明鳥居。

拝殿。
明治6年に、広島城三の丸稲荷神社から社殿が移築されたが、大正4年に社殿を焼失。
江戸時代、この三の丸稲荷神社は、厳島神社に次ぐ規模だった。
現在の社殿は、大正11年に再建されたもの。

本殿の中門。
現在は拝殿-中門-本殿という並びで、本殿が透壁で囲まれている配置だが、三の丸時代は、唐門を中心としてコの字状の回廊があり、その中に神橋-池-拝殿-本殿であったという。
移築時か、焼失後に配置変更があったのだろう。

本殿。


県社らしく、招魂社系の狛犬。ブレスレッドを付けたような手首と手先に特徴がある。
宝蔵。県重文。
三の丸稲荷からの移築建造物で火災から免れた唯一の物件と共に、広島城関連の唯一の現存物件でもある。
1772年に建立されたもの。
ここは爆心地から7kmくらいなので、移築されたがために災を免れた。

校倉造。通常の校倉造りは三角に近い五角形の材を使うが(六角形を半分に切った形状で、内側は平面となる)、これは六角形の材を用いる、珍しい造りで、現存するものでは例がないという。
非常に味のある建物だ。
元が宝蔵か経蔵で、それから稲荷神社に転向したのならなんとなくわかるのだが、逆というのが面白いところ。

駐車場にある、一の鳥居横の文政8年製の狛犬。
迫力ある顔の割りに、手足がカワイイ。丸い台座は珍しい。2つに分かれていた、総社か松崎八幡宮のどちらか、多家神社創建後に合祀されてた近隣の小社にいた狛犬だろうか。


□関連記事:広島城
□参考文献:「歴史群像名城シリーズ9 広島城」三の丸稲荷神社について


タグ:神社
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