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ぶらりんザムライ [インデックス]
ぶらり旅....
非常に使い勝手のいい言葉である。本人の気分次第で、車を使っての遠出も、近所の散歩レベルもすべてぶらり旅だからだ。
いろいろとぶらり旅をしてるうちに、写真や資料が溜まってきたので、まとめる意味でコンテンツを作ってみた訳だ。
なにせ専門家や研究家ではないので、説明の中には見当違いな内容があるかもしれませんが、そこはなにとぞご容赦を。
画像左より/久米の里Zガンダム(岡山)/かご大仏(岐阜)/等身大綾波レイ(ゲームショウ)/華厳の滝(埼玉)/浄心寺(東京)
非常に使い勝手のいい言葉である。本人の気分次第で、車を使っての遠出も、近所の散歩レベルもすべてぶらり旅だからだ。
いろいろとぶらり旅をしてるうちに、写真や資料が溜まってきたので、まとめる意味でコンテンツを作ってみた訳だ。
なにせ専門家や研究家ではないので、説明の中には見当違いな内容があるかもしれませんが、そこはなにとぞご容赦を。
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画像左より/久米の里Zガンダム(岡山)/かご大仏(岐阜)/等身大綾波レイ(ゲームショウ)/華厳の滝(埼玉)/浄心寺(東京)
養源寺(文京区) [寺/神社]
寺社巡りをしてるとき、建物や仏像、狛犬等の石像など、できる限りチェックしているのですが、
目的がないとチェックしないのが墓地。
さすがに意味もなく墓域に入るのは躊躇われるのだが、都内には各藩の江戸菩提寺があり、
大名墓が結構残っていることを知り、江戸の寺巡りには見て回るようになった。
中には大名墓目的で再訪したところも多く、今回紹介する養源寺もその一寺だ。
時期の違う画像が混じってますが、そこはご容赦を。

養源寺の参道。
100mはあろう結構長い参道ですが、マンションに囲まれた風情の無い参道だ。


はじめて訪問したときは桜満開な時期で、桜がきれいだったなくらいの印象しかなかったのだが、
再訪してあらためて見所の多いところだと実感した。

客殿というか、休憩所といった建物。

本堂の階段に並ぶ干支と地蔵様のコンビ像。

本堂裏手にあった謎の石像。
養源寺は、春日局の息子稲葉正勝が本郷の湯島切り通し下に開基した寺で、明暦の大火の後現在地に移って来た。
よって養源寺は小田原稲葉家の菩提所となっているのだが、他に出雲松江堀尾家、越後椎谷堀家の菩提所でもあり、大名墓が点在している。

小田原稲葉家の墓所。
正面の無縫塔が稲葉正勝の墓。
本来、無縫塔は禅宗系の僧侶や住職の墓の形式なのだが、大名では珍しい気がします。
教育委員会の案内板があるので、わかりやすい。

出雲松江の堀尾家の墓所。
大きい宝篋印塔が3代目堀尾忠晴の墓。
3m近くある立派な宝篋印塔が、ちょっと窮屈そうだ。


越後椎谷の堀家墓所。
初代から15代までの藩主と正室が存立している非常にレアな墓所。
周辺の石柱の壁は新しいものになっているが、正面の石扉も残っており、江戸大名墓として非常にわかりやすい。
こちらもちょっと窮屈な感じがするのだが、もしかしたらもっと広かったのではないだろうか?
区画整理したので、壁を作り直した気がしますね。
目的がないとチェックしないのが墓地。
さすがに意味もなく墓域に入るのは躊躇われるのだが、都内には各藩の江戸菩提寺があり、
大名墓が結構残っていることを知り、江戸の寺巡りには見て回るようになった。
中には大名墓目的で再訪したところも多く、今回紹介する養源寺もその一寺だ。
時期の違う画像が混じってますが、そこはご容赦を。
養源寺の参道。
100mはあろう結構長い参道ですが、マンションに囲まれた風情の無い参道だ。
はじめて訪問したときは桜満開な時期で、桜がきれいだったなくらいの印象しかなかったのだが、
再訪してあらためて見所の多いところだと実感した。
客殿というか、休憩所といった建物。
本堂の階段に並ぶ干支と地蔵様のコンビ像。
本堂裏手にあった謎の石像。
養源寺は、春日局の息子稲葉正勝が本郷の湯島切り通し下に開基した寺で、明暦の大火の後現在地に移って来た。
よって養源寺は小田原稲葉家の菩提所となっているのだが、他に出雲松江堀尾家、越後椎谷堀家の菩提所でもあり、大名墓が点在している。
小田原稲葉家の墓所。
正面の無縫塔が稲葉正勝の墓。
本来、無縫塔は禅宗系の僧侶や住職の墓の形式なのだが、大名では珍しい気がします。
教育委員会の案内板があるので、わかりやすい。
出雲松江の堀尾家の墓所。
大きい宝篋印塔が3代目堀尾忠晴の墓。
3m近くある立派な宝篋印塔が、ちょっと窮屈そうだ。
越後椎谷の堀家墓所。
初代から15代までの藩主と正室が存立している非常にレアな墓所。
周辺の石柱の壁は新しいものになっているが、正面の石扉も残っており、江戸大名墓として非常にわかりやすい。
こちらもちょっと窮屈な感じがするのだが、もしかしたらもっと広かったのではないだろうか?
区画整理したので、壁を作り直した気がしますね。
栄松院(文京区) [寺/神社]
駒込の大観音様の光源寺の隣にあるのが、栄松院。
こちらにはちょっと気になる物件が、外からちょこっと見える。

栄松院は天正年間に神田明神下に創建され、慶安年間に幕府より命じられてこちらに移転してきた。

本堂。
斗栱の正面のみが白く塗られていて、ちょっと面白い。

唐破風の玄関。


玄関前には多重塔らしき建物に足場が組まれている。
これが気になる物件だ。
はじめてこの物件を見たとき、はやくできないかな~と期待していたのだが、
2年後に訪問しても全く変わっていなかった....
気長に待ってます。

境内社の稲荷社。

境内には所狭しと石仏や石塔が散乱していた。
訪問時がたまたま整備中だったのだろうか。

墓地にある船形聖観音像。
こちらは栄松院の中興開基である中村一氏室(栄松院)の墓である。
息子の中村一忠が若くして亡くなり、中村家が改易になったため、菩提を伴う為に一寺を建てたのが始まりとのこと。

薩摩浄雲(左)と初代松本幸四郎(左)の墓。
薩摩浄雲は、江戸初期の浄瑠璃太夫....とのことですが、詳しくないのでよくわかりません...
センターのアイーン風如意輪観音像が、面白いですね。
多重塔が気になる......
こちらにはちょっと気になる物件が、外からちょこっと見える。
栄松院は天正年間に神田明神下に創建され、慶安年間に幕府より命じられてこちらに移転してきた。
本堂。
斗栱の正面のみが白く塗られていて、ちょっと面白い。
唐破風の玄関。
玄関前には多重塔らしき建物に足場が組まれている。
これが気になる物件だ。
はじめてこの物件を見たとき、はやくできないかな~と期待していたのだが、
2年後に訪問しても全く変わっていなかった....
気長に待ってます。
境内社の稲荷社。
境内には所狭しと石仏や石塔が散乱していた。
訪問時がたまたま整備中だったのだろうか。
墓地にある船形聖観音像。
こちらは栄松院の中興開基である中村一氏室(栄松院)の墓である。
息子の中村一忠が若くして亡くなり、中村家が改易になったため、菩提を伴う為に一寺を建てたのが始まりとのこと。
薩摩浄雲(左)と初代松本幸四郎(左)の墓。
薩摩浄雲は、江戸初期の浄瑠璃太夫....とのことですが、詳しくないのでよくわかりません...
センターのアイーン風如意輪観音像が、面白いですね。
多重塔が気になる......
タグ:寺
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